中国南京城壁にて

2023-10-31
快晴、秋晴れの南京です。 私が南京の城壁に行くのは今回で3回目です。

明朝(明時代)の城壁は初代皇帝の朱元璋(洪武帝)により
1366年~1386年の21年間に作られた全長35.267キロの巨大な城壁です。 
そして現在でもその半数程度の城壁と幾つかの城門が保存されています。 
この洪武帝時代は日本で言えば室町時代に近い時期と思います。 
 ・足利義満が1397年に金閣寺(金満?)を・・
 ・少し遅れて義満の孫の足利義政1482年に銀閣寺(侘び寂び)を作る・・
その頃、南京では城壁(敵からの防御)を作り一方の日本では足利文化に華が咲く・・
中国は唐朝(唐時代)から暫く漢民族以外に支配され、明の洪武帝が漢民族を再興し
南京に首都を置きます(その後、4男(永楽帝)により北京に遷都するが・・)
中国の長い歴史上で南京が中国の首都になるのは明朝(時代)と孫文の辛亥革命の
中華民国との2回ですね・・
私の立場で中国の民族問題に言及することはしませんが・・
  元(モンゴル)から明朝(漢民族)
  清(満州族)から中華民国(漢民族)
日本のような島国とは異なり民族問題は色々難しい感情が内在しているのだろうと思います。
 

私は過去2回この南京城壁を歩いています。
 ・2018年7月に玄武門から解放門まで(2時間) 
 ・2019年9月に中華門から集慶門(三山門)まで(1時間30分)
それらの城壁の上を一人で歩きました・・
世界遺産級なのに城壁の上は誰もいませんでした。どうしてなのか不明です。
 ・20年もの年月を掛けて何人の人が作業員として駆り出されたのか?
 ・でも財政的には壮大な公共事業だったのかも知れません?
私は何時の日か現存する南京城壁(推定半分ぐらい残っている)の全てを歩いてみたいと
思っていましたが、その後、新型コロナ発生などで丸4年ぐらい中国に行く機会が無くなり、
その願いが途絶え残念に思っていましたが、今年から再び上海出張可能となり、
何とか1日休暇(さぼり)を取り南京城壁探検の旅を再開してみました。
今回は
 ・解放門から中山門まで
 ・中華門から雨花門、武定門、東水關遺址まで
との予定でスタートしましたが解放門から中山門の城壁は工事中との看板で、
『ああ、残念・・』
仕方なく解放門の城壁の上でなく下の側面に沿った遊歩道を歩きました。
  右に20m程のはるか先までつながる城壁を見ながら・・
  左に広大な玄武湖が見え・・
  その遊歩道には樹木が覆い茂り・・ 
  途中キツツキがさずっていました。
 

城壁の上を歩けなかったけど、上っから眺める城壁ではなく下から眺める城壁も歴史を裏から見る
ような感覚になり、とても良かったです・・
その後、地下鉄で中華門まで行き、そこから怪しい無免許3輪車(10分程度)で
中華門まで行きました。 その3輪車は信号無視でスリル満点でした。 
中華門からは城壁に上り雨花門、武定門、東水關遺址まで2時間少々歩きました。
途中の雨花門の上で一休みしました。
雨花門の門の構造はそのまま今でも利用されているので門の下を見ると自動車
などが行き来しています。今でも城門は歴史遺産ではなく生活に馴染んでいますね
右側には雨花台(国民党と共産党の内戦の記念館がある)が見えます。
左下には古い町が保存されています(日本の城下町のような)
 

 
20231020

快晴で、城壁の上は数百メートル先まで見渡せます。
この場所は世界遺産級と思うけど2時間の歩行中に2~3名ぐらいしか人に会いませんでした。
こんなに素晴らしい場所に何故人がいないのか不思議ですが、私にとっては至福・・てな感じです。
2万歩を超えたころに目的地の東水關遺址の着きました。
東水關遺址を降りるとタコ上げ、麻雀、トランプ、籠の鳥の持ち回り、路上の床屋さんなど
地元の年寄りがたくさん遊んでいました。 
振り返ると高くそびえる城壁が見えます。
気持ちの良い1日となりました。

南京城壁の上を総て走破するにはあと4回ぐらいかかると思いますが、
でも何とか南京城壁単独完全制覇をしてみたいと思っています。